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モラハラ親と離れる前の「最終確認」

私は両親からのモラルハラスメントに悩み、親と離れる決心をした。

親を捨てようと思った。

今後一切かかわらず、生きていこうと思った。

その際に、

「もし、自分の考え方が間違っていたら…」

という不安や、

「本当にこの人たちには、人の心がないのだろうか…」

という、わずかな希望が頭によぎった。

私は、親に対して最終確認のため2つの質問をした。

父親は母親よりもどうにもならない性格なので、母親と二人きりの時に。

一つ目は、

「結婚相手は自分で決めたい」

私は、母親に懇願して反応をみた。

母親の回答は、

「お父さんが一番偉いから、お父さんのいう通りにしなさい」

予想通りではあったが、ショックだった。

なぜこの質問をしたかというと、

幼い頃に一度だけ、母親が私に「結婚するなら優しい人が一番」と言ってくれたことがあったからだ。

私は、あの頃の母親に戻ってくれるのでは…と、淡い期待を抱いていた。

母親の目をじっと見て話したが、目がおかしい。

斜め上のような変な方向を向いていて、見た瞬間、これは本当にダメかもしれないと感じた。

目が生きていなかった。

気を取り直して二つ目は、

「本当に他人の気持ちがわからないのか?」という確認だ。

選択肢がAとBの2つあるとする。

“私はAがいいと思うが、お父さんやお母さんはBがいい”という風に、

人にはそれぞれの好みや考え方があるということは理解できるか?と問うと、

「分からない。親がいいと言った方がいいに決まっている」

と言われた。

私は食い下がって、「本当に人それぞれに違った思想や感情があることが分からないのか?」と聞くと、

「分からない」「親は偉いから、親がいいと言った方が正しいに決まっている」

という答えが返ってきた。

典型的なモラハラ毒親の思考だ。

私は、この人とは一緒にいられないと確信した。

私は親を捨て、自分の人生を選んだ。

・・・・・・・・・・・・・・

ダラダラダラダラ長い年月を、

お互いが、お互いの考え方を変えようと、反発しながら過ごしてきた。

「さっさと見切りをつける」

他人であればすぐにそうするが、実の親子には特別な情がある。

子供は、たった一度のことを覚えている。

「結婚相手は優しい人を選びなさい」と言われたこと。

どこかの砂利道で、笑いながら一緒にスキップしたこと。

草むしりをした後に食べた、母親手作りの煮物がとても美味しかったこと。

暗くなって羽が見えなくなるまで、バトミントンに付き合ってくれたこと。

一体どこで狂ったのか、

一体誰が悪いのか、

それとも、

もともと私たち家族は皆、狂っていたのだろうか。

あるいは、この記憶自体が、

私の思い違いなのか。

・・・・・・・・・・・・

親子の情だけでなく、

私は、世間体や自分自身の意志の弱さ(自信のなさ)からも、なかなか決断できなかった。

実の親であろうが何であろうが、考え方が合わないものは合わない。

我慢して自分の人生を抹消するか、相手を捨てて自分が幸せになる道を選ぶのか。

どちらかのハッキリした選択を、もっと早くすべきだった。

「付かず離れず」の選択をしたこともあるが、私は幸せになれなかった。

こちらが「付かず離れず」のスタンスでも、相手は「お互いベッタリ付く」以外のスタンスを受け入れない。

私は、共依存を求められていた。

たとえ上辺だけの付き合いだとしても、

私はそんな生き方をしたくないし、

できない。

魂を捧げることはできない。

子供は親の、都合のいいロボットではない。

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